【登山クリエイター】カルスト台地の夜明け、巨石の舞踏【7:貫山編】

登山クリエイター
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夜、 私は福岡県の北九州空港に降り立った。

到着ロビーを出ると、
むわっとした熱気が全身を包み込む。

8月上旬。
真夏の九州は、
夜になってもその暑さを緩めない。

レンタカーに乗り込み、
一路、平尾台(ひらおだい)を目指した。

この台地は、
日本三大カルストの一つに数えられ、
その特異な地形と景観で知られている。

 

翌朝には、出張という名の「現実」が待っている。

しかし、その前に、
私はこの地でしか見ることのできない、
特別な夜明けを、
貫山(ぬきさん)の頂で迎えたいと願っていた。

標高712m。

貫山は、
平尾台の最高峰であり、
その名の通り、
台地の中心を貫くようにそびえ立っている。

 

深夜のカルスト、非日常への誘い

 

レンタカーで
茶ヶ床園地(ちゃがとこえんち)に到着したのは、
深夜だった。
駐車場には、私の車一台だけ。

ヘッドライトを消すと、
あたりは漆黒の闇に包まれた。

空を見上げると、
街の明かりに遮られることなく、
満天の星が瞬いている。

こんなにも深い闇の中で山に登るのは、
何度経験しても特別な経験だ。

しかし、その闇こそが、
日常から非日常へと誘う、
特別なゲートのように感じられた。

車を降り、登山準備を整える。
目的は、
貫山の山頂で日の出を迎えること。

ハイキング程度の行程とはいえ、
夜間の登山は油断できない。

ヘッドライトの光を頼りに、
私は登山口へと足を踏み入れた。

辺りは静寂に包まれ、

聞こえるのは自分の足音と、

遠くで鳴く虫の声だけだ。

この静けさこそが、
私の心を研ぎ澄ませてくれた。


 

石灰岩の迷宮、異世界への回廊

 

登り始めてまもなく、
ヘッドライトが照らし出す景色に、
私は息を飲んだ。

辺りには、
白く、奇妙な形をした石灰岩の巨石が、
まるで生き物のようにゴロゴロと転がっている。

それは、
まるで別世界に迷い込んだかのような、
幻想的な風景だった。

 

羊群原(ようぐんばる)

 

と呼ばれるこの地形は、
カルスト台地特有の侵食によって形成されたものだ。

夜の闇の中、
ヘッドライトの光に浮かび上がる白い巨石たちは、
それぞれの影を落とし、
まるで無言の舞踏を繰り広げているかのようだ。

昼間に見れば、
さほど驚かないのかもしれないが、
この真夜中に、
一人でこの風景の中にいると、

本当に地球上の景色なのかと疑ってしまうほどだった。

 

道は明確だが、
巨石の合間を縫うように進むため、
方向を見失わないよう注意が必要だ。

私は誰ともすれ違うことなく、
ただ一人、
この不思議な風景の中を歩き続けた。

 

この時間、この場所に、登山客は一人もいない

 

そのことが、この非日常的な体験を、
より一層特別なものにしてくれた。

夜の帳が深まるにつれて、
空の色がわずかに変化し始めた。

東の空が、
ほんのりと明るくなり始めている。

山頂と夜明けが近いことを告げるサインだ。


 

輝くカルスト、大地の鼓動

 

そして、
ついに私は貫山の山頂に到着した。

山頂は開けており、
360度のパノラマが広がっている。
東の空は、
すでにオレンジ色に染まり、
水平線から太陽が顔を出し始めていた。
その瞬間、私は言葉を失った。

真っ暗闇の中で見ていた白く奇妙な巨石群は、
朝日を浴びて、黄金色に輝き始めたのだ。

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山頂から見下ろす平尾台は、
夜明けの光に照らされ、
その表情を刻一刻と変えていく。

白い石灰岩の巨石たちが、

まるで生きているかのように、

台地の上に点在している。

その向こうには、
北九州の市街地や周防灘(すおうなだ)が広がり、
遠くの工場群からは、
白い煙がたなびいているのが見えた。

自然の雄大さと、
人間の営みが、
一枚の絵の中に収まっている。

ハイキング程度の行程ではあったが、
この山頂で迎えた日の出は、
これまで経験したどの山頂からの景色よりも、
私の心に深く刻み込まれた。


 

仕事への帰還、忘れ得ぬ風景

 

朝日が完全に昇り、
周囲が明るくなると、
私は急いで山を下り始めた。

仕事の時間が迫っていたからだ。

来た道を戻ると、
夜の闇に包まれていた石灰岩の巨石たちは、
朝の光の下で、また違った表情を見せてくれた。

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明るくなったことで、
その一つ一つの形や、
表面の複雑な模様が、
より鮮明に見える。

カルスト台地の特異な地形が織りなす、
自然の造形美を改めて実感することができた。

しかし、その足早な下山は、
まるで夢から覚めて、
現実へと引き戻されるかのような感覚だった。

 

茶ヶ床園地の駐車場に到着すると、
すでに数台の車が停まっていた。

夜明けの静寂とは打って変わって、
平尾台の朝が始まろうとしている。

私はレンタカーに乗り込み、
次の目的地へと車を走らせた。

体は疲れていたが、
心は充実感に満たされていた。

出張のついでに、
まさかこんなにも素晴らしい体験ができるとは。
短時間ではあったが、
誰にも邪魔されず、

巨石の転がる不思議な風景を独り占めできた喜びは、
何物にも代えがたいものだった。

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