【登山クリエイター】太古の森を越え、洋上の頂へ【6:宮之浦岳編】

登山クリエイター

早朝、 私は屋久島の深い闇の中、
タクシーに揺られていた。

目指すは、
この島が誇る巨木たちの聖域、

ヤクスギランド

そこから始まる、
洋上アルプス宮之浦岳への縦走ルートだ。

車のヘッドライトに照らされた森の入り口は、
静寂に包まれ、
これから始まる数日間の壮大な旅を予感させていた。

4月下旬、
新緑が芽吹き始めるこの時期は、
屋久島の森が最も生命力に満ちる季節。

だが、
同時に多くの登山者が訪れる時期でもある。

私は、この太古の森と、
日本百名山の一座である九州最高峰の頂に、
静かに対峙したいと願っていた。

 

屋久島の奥座敷へ、いざ出発

ヤクスギランドのゲートでタクシーを降りると、
ひんやりとした朝の空気が全身を包んだ。

辺りはまだ薄暗く、
森の木々が黒いシルエットとなってそびえ立つ。

ヘッドライトを頼りに、
私は登山口へと足を踏み入れた。

 

目的は、
屋久島の盟主、

宮之浦岳(みやのうらだけ)

標高1,936m。
洋上に浮かぶ孤島にそびえるこの山は、
そのスケールと、特異な自然環境によって、
多くの登山家を惹きつけてやまない。

 

今回のルートは、
初日にヤクスギランドから宮之浦岳山頂を目指し、
そのまま新高塚小屋で一泊。

翌朝、
時間帯をずらして屋久杉の巨木群をじっくりと堪能し、
白谷雲水峡へと下山する、
というものだ。

このルートを選んだのは、
混雑を避け、
屋久島の「奥」にある、
より深い自然を体験したかったからだ。

 

期待と不安が入り混じりながら、

私は暗闇の森へと吸い込まれていった。


太古の息吹、原生林の道

ヤクスギランドからの道は、
序盤こそ整備されていたものの、
すぐに屋久島らしい、
深く鬱蒼とした原生林へと変化していった。

苔むした岩、倒木、
そして圧倒的な存在感を放つ屋久杉の若木たち。

森の中は湿気を帯び、
生命の息吹が濃密に漂っている。

巨木の根が張り巡らされた道は、
まるで生き物の血管のようだ。

木漏れ日が差し込むと、
苔が宝石のように輝き、

幻想的な世界が目の前に広がった。

 

午前も深まるにつれ、
周囲の景色は一変した。

標高が上がるにつれて、
森は亜高山帯の様相を呈し、
樹高の低いヤクシマシャクナゲや、
岩肌にへばりつくような木々が増えていく。

そして、眼下には深い谷と、
その向こうに広がる広大な森の絨毯が見え始めた。

この島が、

「洋上のアルプス」

と呼ばれる所以を、
肌で感じ始める瞬間だ。

 

しかし、道中すれ違う登山者の数は、
私が想像していたよりもはるかに多かった。
特に、
有名な縄文杉ルートからの合流点に近づくにつれて、
その数は顕著になった。

「これでは、屋久島の奥深い自然に浸るどころではない」

一瞬、そう落胆しかけた。


洋上の頂き、複雑な感情

数時間の登攀の後、
ついに私は宮之浦岳の山頂に立っていた。

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そこに広がるのは、
まさに「洋上アルプス」と呼ぶにふさわしい、
壮大なパノラマだった。

360度見渡す限りの山々が連なり、
その彼方には、
青く広がる東シナ海と太平洋。

遥か遠くの水平線が、
地球の丸さを感じさせてくれる。

澄み切った空と、
吹き抜ける風が心地よい。

しかし、山頂には、
私と同じく多くの登山者がひしめき合っていた。

皆、思い思いに景色を眺め、
写真を撮り、歓声を上げている。

この感動を分かち合える喜びを感じつつも、
どこか、静かにこの景色を独り占めしたいという、
複雑な感情が湧き上がってきたのも事実だ。

 

山頂での休憩を終え、
私は新高塚小屋を目指して下山を開始した。

山頂を後にすると登山者は少なくなり、
再び、静かな山歩きが戻ってきた。

その静けさの中で、
私は改めて、屋久島の森の美しさ、
そして、その奥深さに感動を覚えていた。

日が傾き始め、
森の中は再び神秘的な色合いに染まっていく。
小屋に到着すると、
既に数組の登山者が到着しており、
互いに今日の山行を労い合った。

満点の星空の下、
明日の行程に思いを馳せながら、

私は深い眠りについた。


静寂の森、そして下山

翌朝、
私はまだ夜が明けきらぬうちに小屋を出発した。
目指すは、縄文杉を含む、

屋久杉の巨木群。

前日の混雑を避け、
この時間帯に訪れることで、
静かに巨木たちと向き合うことができるはずだ。

そして、私の予感は的中した。
薄暗い森の中、
まるで森の精霊のように佇む屋久杉の巨木たち。

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その圧倒的な存在感と、
太古から生き続ける生命の力に、
私はただただ圧倒された。

誰にも邪魔されず、
静かに彼らと対峙できた時間は、
今回の山行で最も印象深いものとなった。

 

巨木たちとの別れを告げ、
私は白谷雲水峡へと向かう下山ルートへと入った。

ここは、苔むした森が広がる、
まさにもののけ姫の世界。

美しい渓流の音と、
鳥のさえずりが心地よい。

しかし、白谷雲水峡の入り口に近づくにつれ、
またしても多くの
観光客や登山者とすれ違うようになった。

中には軽装で、
まるで公園を散歩するような人々もいる。

「これぞ観光地屋久島」

そう思いながらも、
私はどこか安堵していた。

早朝にヤクスギランドから出発し、
山頂に立ち、
一泊することで、
屋久島の「奥」を存分に味わうことができた。

混雑を避けるという私のルート設定は、

間違いなく正解だったと確信できた瞬間だった。

 

バスに揺られ、
ふもとの町へと下りてきた私は、
全身の疲労と、
満たされた達成感に包まれていた。

そして、
町で食べた名物なのか分からない
煮魚の定食
の不思議な美味しさ!

屋久島の豊かな恵みを全身で感じながら、
私はこの旅を締めくくった。

宮之浦岳は、太古から続く生命の物語を私に教えてくれた。

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