【登山クリエイター】白き荒野に響く大地の鼓動【5:樽前山編】

登山クリエイター

 

朝、
私は北海道の
樽前山(たるまえざん)へと向かう車の中にいた。

前日、新千歳空港からレンタカーを借り移動し、
この日は夜明け前に山麓の7合目登山口
に到着した。

明日には、
本格的な冬山となる羊蹄山の登山を控えている。
今日の樽前山は、
そのウォーミングアップと、
何よりも冬の北海道の山肌を
この目に焼き付けるための儀式のようなものだった。

標高1,041m。
この時期、
北海道の山々はすでに
深い雪と氷に覆われ始めている。

目指すのは、
その太古からの激しい活動の跡を今も色濃く残す、
活火山の頂きだ。

登山口から見上げる山肌は、
薄明かりの中で静かに息づいているように見えた。

その威容は、
冷たい空気に満ちた大地の鼓動そのものだ。

 


 

白い荒野の旅、火口の囁き

 

7合目からの登山道は、
すでに雪に覆われ、
最初からアイゼンを装着して歩を進める。

風が強く、
時折雪が顔に叩きつける。

足元は固く締まった
雪と氷で覆われており、
気を抜けない。

登り始めてまもなく、
状況は厳しくなっていった。

 

数時間後、
外輪山へと辿り着いた私は、
そこに広がる光景に、
自然の容赦ない厳しさを感じた。

 

視界は終始真っ白だった。
猛烈な風に舞う雪が視界を遮り、
一寸先も見えないホワイトアウトに近い状態だ。

目指すべき東山(最高点)の頂も、
眼下に広がるはずの支笏湖
も、
すべてが白いベールに包まれていた。

絶景を期待して登ったものの、
私を待っていたのは、
すべてを覆い隠す大自然の素顔だった。

 

しかし、
その完全な「白」の中で、
私は五感を研ぎ澄ますことができた。

顔を刺すような冷たい風の音。

雪を踏みしめる音。

そして、その風が運んでくる、
火口からの「囁き」のような気配。

 


 

大地の息吹と、失われた景観

 

火口を周回する外輪山ルートを歩いていると、
風向きがごく一瞬変わるタイミングがあった。

その時、
目の前に広がっていた純粋な白のキャンバスに、
一瞬だけ、

内輪山(ドーム)の荒々しい姿が浮かび上がった。

そして、
そのドームの脇から立ち上る、
白くたなびく筋。

それは、火口から吹き出す噴煙だったのか、
それともただの雪煙だったのか、

判別はつかなかった。

 

だが、
その一瞬の「色」と「動き」は、
この山が今も生きている
証のように感じられた。

 

樽前山の山頂直下には、
明治時代に噴火によって隆起した溶岩の塊、
「樽前ドーム」
がそびえ立っている。

かつては、
この溶岩ドームも登山で登ることができたらしいが、
現在は危険なため立ち入り禁止となっている。

私が見た、
一瞬の白い筋は、
このドームが抱える大地のエネルギーの
片鱗だったのかもしれない。

目の前にあるのに見えない
その雄大な景色こそが、
私にとっての

「失われた宝物」

となった。

 

厳しくも神聖な雰囲気を持つ樽前山は、

私に、

人間の営みと切り離された、
純粋な自然の力をまざまざと見せつけた。
この山は、
その懐に抱かれた冷たい風白い荒野を通じて、
太古から続く大地の物語を、
私に静かに語りかけてきたのだ。

私はこの山で、

冒険と、

厳しさと、

そして大地の鼓動を見つけた。

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