夕陽が西の空を染め、
漆黒の空に星々が瞬き始める頃、
私は白馬岳の天狗山荘にいた。
窓の外に広がるのは、
息をのむほどに雄大な北アルプスの山々。
この山に登ることを夢見ていたのは、
いつからだっただろうか。
大雪渓が誘う、冒険の夏
前日の朝、
私は白馬大雪渓の入口に立っていた。
ここは、
白馬岳へと続く道の始まり。
足を踏み入れると、
夏だというのにひんやりとした空気が肌を撫でる。
アイゼンを装着し、
一歩また一歩と雪の上を進む。
それは、雪というよりは、
硬く凍った氷の上を歩くようだった。
夏に雪の上を歩くという非日常は、
冒険心を掻き立てる。
流れる雪解け水は、
周囲の緑とのコントラストを際立たせ、
清らかな景色を作り出していた。
大雪渓を登りきると、
そこは別世界。
可憐な花々が、
疲れを癒すように迎えてくれた。
ハクサンイチゲやハクサンコザクラ。
雪が溶けた後に咲くこれらの花は、
まるで「お疲れ様」と
語りかけているかのようだった。
稜線に広がる、遥かなる物語
白馬岳は、
登るだけがすべてではない。
私は、少し離れた場所からその姿を眺めることにした。
唐松岳の山頂から白馬岳を望む。
そこには、
言葉を失うほどの絶景が広がっていた。
目の前に広がるのは、
白馬三山(白馬岳、杓子岳、白馬鑓ヶ岳)。
その堂々たる姿は、
北アルプスのスケールの大きさを物語っていた。
特に印象的だったのは、不帰ノ嶮。
荒々しい岩稜が続くその姿は、
まるで何者をも寄せ付けないかのような迫力に満ちていた。
遠くには剣岳や立山連峰まで見渡せる
360度のパノラマ。
私はその景色を前に、
遥か昔から続く大地の物語に思いを馳せていた。
知られざる宝物、高山植物の囁き
白馬岳は、高山植物の宝庫だという。
私は稜線上にある天狗山荘から、
続く稜線のお花畑を歩いた。
そこは、天然の植物園だった。
ハクサンフウロ、
チングルマ、
イワギキョウなど、
色とりどりの花々が、
風に揺られながら囁きかけてくるようだった。
この山でしか見られない
固有種「ハクバアズマギク」
も探してみた。
小さな花を見つけた時の喜びは、
まるで宝物を見つけたようだった。
夏の終わり、ナナカマドの実が赤く色づき始め、
山全体が鮮やかな色に染まる。
それは、山が冬の準備を始める合図のようだった。
白馬岳は、
その雄大な山容だけでなく、
その懐に抱かれた繊細な自然の美しさで、
私を魅了してやまなかった。
私はこの山で、
冒険と、
物語と、
そして宝物を見つけた。



