イチジクに学ぶ「目的論」と対人関係を楽にする勇気の哲学

ハーボサイコロジー

 

アドラー心理学、

または「個人心理学」は、

オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラーが提唱した理論体系です。

その核心は、人間の行動は過去の原因ではなく、
未来の目的によって動機づけられる
という点にあります。

 


 

Ⅰ. 「無花果」に秘められた目的論:人生の「花」はどこに咲くのか?

 

イチジクは「花がない果実」(無花果)と書かれますが、実際には実の内部でひっそりと花を咲かせています。このイチジクの姿こそ、アドラー心理学の根幹である「目的論」を象徴しています。

  1. 「過去の原因」ではなく「未来の目的」
    世間一般の心理学(原因論)が「イチジクは花を咲かせないから、実がなるのも不完全だ」と過去や原因に注目するのに対し、
    アドラー心理学(目的論)は「イチジクは、その独特の方法で最終的に実を結ぶという目的を持っている」と捉えます。私たちのトラウマや過去の失敗は、「葉を茂らせる」ためのエネルギーにはなりますが、「実を結ぶ」ことそのものになりません。

    アドラーは、私たちが過去の経験を、現在の行動を正当化するための「隠された目的」として利用しているのだと指摘します。
    (例:「私は過去にいじめられたから、対人関係を避ける」という行動は、「対人関係で傷つかない」という未来の目的のために、過去を手段として使っている。)

  2. 自己決定性:「どう咲かせるか」は自分が決める
    イチジクが実の中に花を咲かせるように、私たち一人ひとりの人生の「花」は、
    外からは見えない、自身の内側に存在します。アドラー心理学では、人間の性格や生き方を「ライフスタイル」と呼びますが、これは遺伝や環境で決まるのではなく、10歳頃までに個人が自ら選択し、形成したものと考えます。

    イチジクが実の中に花を咲かせるという生き方を選んだように、私たちは自分の人生の「咲かせ方」を自己決定しているのです。


 

Ⅱ. 「一果一葉」の原則:課題の分離と共同体感覚

 

イチジク栽培には、実を大きく美味しく育てるために「一果一葉(一つの葉に一つの実)」という目安があります。

この原則は、アドラー心理学における「対人関係」と「人生のタスク」の扱い方を教えてくれます。

  1. 課題の分離:他人の実は他人の葉が育てる
    「一果一葉」の原則は、「課題の分離」を象徴します。他人の実に自分の葉を過剰に伸ばしてはいけません。
    他者の人生の選択や感情は、彼ら自身の課題であり、私たちがコントロールできる領域ではありません。

    アドラーは、対人関係の悩みは、
    他者の課題に踏み込むか、
    自分の課題に踏み込まれるか
    によって生じると考えました。自分の実(自分の人生のタスク)を育てることに集中し、他者の実の成長を信じて見守る勇気が大切です。

  2. 共同体感覚:一本の木として実を結ぶ
    イチジクの木全体を見ると、無数の葉が適切な距離を保ちながら協力し、太陽の光を分け合い、一本の木として多くの実を結んでいます。これがアドラー心理学が目指す究極の目標、
    「共同体感覚」です。

    共同体感覚とは、「私は共同体にとって役に立っている」という感覚と、「私はここに居ても良い」という所属感です。課題を分離した上で、他者や社会を「敵」ではなく「仲間」と見なし、貢献を通じて自己の価値を実感すること。イチジクの葉や実が互いの存在を認め合うように、自己受容(自分には価値がある)と他者信頼(他者は仲間である)を基盤に、他者への貢献(他者の実りを助ける)を実践することが、人生の幸福な道筋だとアドラーは示します。


 

Ⅲ. 「乳液」の役割:勇気のくじきと賦与

 

イチジクの葉や枝を切ると、白い乳液がにじみ出ます。

この乳液にはタンパク質分解酵素(フィシン)が含まれ、生命力を感じさせます。この乳液は、アドラー心理学における「勇気」の概念と関連付けられます。

  1. 「勇気のくじき」という毒
    乳液が切り傷からにじみ出るように、人間関係における厳しい批判や過干渉は、他者の「勇気」をくじく「毒」となり得ます。アドラー心理学では、問題行動の根源は「劣等感」や「勇気のくじき」にあると考えます。

    「どうせ私には実がならない」という諦めの感情は、過去の批判や否定的な評価によって生じた心の傷から漏れ出る「毒」のようなものです。

  2. 「勇気の賦与」という薬
    しかし、この乳液は消化酵素として、イチジクコバチの助けを得て実を熟成させる役割も担います。アドラー心理学は、この乳液を「勇気の賦与」(励まし)という薬に変えることを教えます。
    他者への「勇気の賦与」とは、「結果」ではなく、
    「プロセス」や「存在そのもの」を承認することです。
    「よくやった」ではなく、
    「あなたが参加してくれて嬉しい」「次も頑張れる」というメッセージを贈ること。

    この温かい励ましこそが、他者が自らの内なる花を開き、豊かな実を結ぶための最大の推進力となるのです。

イチジクの木が、葉、花、実、そして乳液という全ての要素を内包し、独自の目的をもって生きているように、アドラー心理学は、私たちが自己受容の勇気を持ち、他者と協調する勇気をもって、それぞれの「無花果の人生」を実りあるものにしていく道を指し示しています。

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